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最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)973号 判決

上告人 堀節治

被上告人 浅草税務署長

訴訟代理人 浜本一夫 外四名

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人の上告理由について。

上告人が国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面を浅草税務署に提出したのであるが、原判決によれば税務署長はこれを再調査請求書として取り扱い、所得税法四九条四項二号によつて審査請求があつたものとみなされ、国税局長は審査請求として補正を命じ、応じなかつたという理由で却下したというのである。本訴の上告人の請求は更正処分の取消であるから同法五一条により原則として再調査決定、審査決定を経なければ提起できないのであるが、国税庁長官又は国税局長が誤つてこれを不適法として却下した場合には本来行政庁は処分について再審理の機会が与えられていたのであるから、却下の決定であつてもこれを前記規定にいう審査の決定にあたると解すべきことは原判示のとおりである。而して同法施行規則四七条によれば、再調査請求をしようとする者は一定の再調査請求書に証拠書類を添付して提出しなければならないと規定しているのであるが、税務署長の更正には青色申告の場合を除いて、その理由を示されないから納税者としては何故に更正を受けたのか判らないから証拠書類の添付のしようのない場合もあり、更正の理由は判つていてもその所得が存しないときなどは、かゝる消極的な立証は困難であつて消極的な立証の証拠書類の存在しないこともあり得る。然らば同規則で証拠書類の添付を命じているのはかゝる書類があれば添付せよという趣旨と解すべく、証拠書類の添付を所得税法四八条四項の方式と解すべきではなく、従つて証拠書類の添付のないとの理由で同項にいう当該請求の方式に欠陥があるものとして補正命令をなし、更に提出なき故をもつて却下することはできないものと解すべきである。かくの如く不適法として却下すべきでない場合に国税局長が誤つて却下した場合は前述説明の如く同法五一条の審査の決定があつたものとして適法に出訴ができるものと解すべきである。然るに本件において所得税法所定の審査の決定を経ていないから本件訴は訴願前置の要件を欠き不適法なものとして却下した第一審判決及びこれを是認した原判決は違法であつて共に破棄を免れない。

よつて本件は理由があるものとして民訴四〇八条、三八八条により主文の如く判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告代理人松本乃武雄の上告理由

第一点 原判決は、上告人が被上告人及び東京国税局長からの補正通知書を以つて提出を求められた収支計算書を提出しなかつたことを理由として、東京国税局長が上告人の審査請求を却下したことを適法と認めたが下記のとおり、上告人が収支計算書を提出することは東京国税局長が上告人の審査請求の内容について実質的審査をなすに決して必要でなく、従つて東京国税局長は却下の決定をなすべきではなく、更正決定変更又は審査請求棄却の決定をなさなければならないのであるから、原判決は本件を東京地方裁判所に差戻して更正決定の内容につき判断すべき機会を与えねばならないのに、控訴を棄却したのは違法である。

一、先づ被上告人及び東京国税局長が補正通知書を以つて上告人に対し提出を求めた貸付金明細書、収支計算書なるものは昭和三十年度における上告人の非事業貸付金の明細書及び利子所得の計算書である。(原審証人浜田泰司の供述調書九後段の控訴代理人の問に対する供述第十六項の供述)而して右貸付金のうち、上告人の認めてこれを争はないものは実質的審査に必要でないから、結局右提出書類に記載すべさものは所得の有無につき争いのあつた「大沢商事に対する分」(原審証人住友正昭第一回尋問調書十四項の供述)だけである。

右「大沢商事に対する分」とは次のとおりの貸付金である。

(一) 昭和二七年十二月十九日貸付、金額三十万円、債務者大沢金備、その妻大沢園子、鈴木利八、弁済期昭和二八年一月十日、利息年一割期間中支払済、期限後損害金百円に付日歩五十銭。

(二) 昭和二八年三月二五日貸付、金額百五十五万八千九百五十円、債務者前同、弁済期昭和二八年四月二九日、期限後損害金百円に付日歩十七銭。

(三) 訴外大木みよ貸付、金額二百五十万円、債務者前同の他大沢商事株式会社、弁済期昭和二八年十二月二九日、利息年一割期間中支払済、期限後損害金百円に付日歩二十銭。

右三口の債権担保のため前記大沢園子所有不動産に抵当権が設定され、その登記がなされている。ところが訴外小島重吉なる者より右三口の債権不存在確認詐害行為としての取消、設定登記抹消登記手続請求の訴が提起されている。

二、右貸付金についての上告人被上告人の争いとは次のとおりである。

先づ被上告人は(三)の貸付金は上告人の貸付金であつて、(一)(二)(三)共昭和三十年四月一日より昭和三十一年三月三十一日迄の間に前記所定の損害金が支払われたといゝ、上告人は大木みよは上告人とは全く別個の人で、その貸付金は上告人のそれではなく、(一)(二)の貸付金の損害金は一銭も収受されておらず、小島重吉の前記訴訟の保全処分である仮処分命令の異議訴訟の第一審に於いて上告人敗訴の判決を受けだから、将来収受の見込もないというにある。

以上によつて、被上告人及び東京国税局長が補正通知書(甲第二、五号証)で上告人に提出を求めたのは、右(一)(二)(三)の貸付金明細書とその利子の収支計算書であること疑がない。

ところが被上告人の担当係官住友正昭は右抵当不動産登記簿を閲覧した(原審住友証人第二回尋問調書)のであるから、前記(一)(二)(三)の貸付金の内容を熟知しており、又その内容は浜田泰司証人が見た調査書(同証人供述調書第九項)に記載されていたのであるから、右「貸付金明細書」を上告人に提出させる必要は毫も存しない。

次に「収支計算書」は昭和三十年度における前記貸付金の損害金収受とその取立に要した経費の計算書であるが、前記抵当不動産に付いて、昭和三十年四月九日損害金並に元金不払を理由として抵当権実行による競売が申立てられ、前記の訴訟提起や上告人敗訴の判決を考慮に容れるならば、取立金は皆無であつて、且つ取立てうべき見込も亦甚だ稀薄であることは被上告人の知りうべきところである。更に右損害金の金額は登記簿によつて容易に計算できるから、殊更に上告人にかかる計算書の提出を求めることは全く無意味不必要のことである。

三、所得税法が審査請求書に添付すべきものと要求しているものは、かゝる無意味不必要の書類ではなく、審査請求が理由があるかどうか、更正決定が審査請求にも拘らず正当であるかどうかを判断しうる資料でなければならない。かかる資料があるのに審査請求者が提出しない場合、審査請求が理由があるかどうかを審査することができないから国税局長は審査請求却下の決定ができるのである。然るに協議官浜田泰司は住友係官に会い、同人の作成した調査書(これは右係官が不動産登記簿を閲覧し、大沢金備より事情を聴取して作成したもの)を含む一件書類を閲覧し、且つ、同係官から事情を聴取したのであるから、審査請求の内容に入つて審査をなすことができたのであつて、上告人に明細書や計算書を提出させなくても、審査請求棄却又は更正決定変更をなすことができたのである。

右浜田証人供述調書九の控訴代理人の間に対する供述のうち、

更正決定が正しいかどうか審査したか。

一応見ましたが、税務署の決定が間違つているとは考えられませんでした。

それでは書類上でも一応内容的に審査しているではないか。

しております。

それなら却下でなく、棄却ができたではないか。

税務署の書類を見たとは云え、本人の言い分も聞いていないので棄却はできないと思つたので却下したのです。

とある。実質的な審査をしながら、計算書不提出という理由からでなく、「本人の云い分を聞いてない」ことを理由に却下の決定をしたこと余りにも明白である。所得税法四九条六項一号により却下の決定をすべき場合がかゝる場合でないことも亦明白である。

以上要するに東京国税局長は提出すべき必要のない書類の不提出という形式的な「かし」を捏造して、上告人の不服申立を封じたものであつて、上告人の本訴請求を却下した第一審判決は変更せらるべきこと疑がない。

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